公開日:2020.03.25
令和2年2月28日最高裁判決・福山通運事件
桑原ブログ , 判例について
令和2年2月28日に、福山通運のトラック運転手が乗務中に起こした死亡事故に関し、運転手が被害者遺族に賠償金を支払った場合にその全部又は一部について会社に請求できるとの内容の最高裁判決が出ました。
本判決は、運送業界特有の話という訳ではなく、従業員による事件や事故に関する企業責任のあり方を問うものとして、非常に注目されるべき判断が示されていますので、ご紹介いたします。
民法715条はいわゆる使用者責任を定める規定であり、従業員の故意過失による損害について会社が被害者に賠償したときは、会社は従業員に請求(「求償」といいます)できるとされています。会社から従業員に対する求償請求に関しては、損害の公平な分担の見地から信義則上相当な限度に制限されると判断されていた(最判昭和51年7月8日)のですが、その逆の場合、つまり従業員から会社に対する求償請求(「逆求償」といいます)に関しては、根拠条文もなく、できるかどうか判然としなかった訳です。
今回の最高裁判決においては、被害者との関係で、従業員と会社いずれが先に賠償するかによって従業員の最終的な負担額が異なることは相当でないとのシンプルな理由付けで、従業員の会社に対する逆求償を認めました。
とここまでは、各種報道でも読み取れる訳ですが、大事なのはここからです。3人の裁判官が補足意見において、従業員の負担割合が小さい又はゼロであるという趣旨の意見を述べられています。その事情を整理しますと、以下のとおりです。
- 会社が規模の大きな上場会社であるのに対して従業員はいち自然人に過ぎないこと
- 会社は各種リスクを分散するたくさんの選択肢を有していること
- 会社が自社のトラックに任意保険をかけず、交通事故発生時はその都度自己資金によって賄うということ自体は事業戦略としてあり得ること
- 会社が任意保険をかけていないために、従業員が任意保険制度を通じた訴訟支援や賠償責任の負担軽減などの恩恵があ受けられなかったこと
など。
補足意見を述べた3人の裁判官は、運送業界においては、対人無制限の任意保険をかけることで事故時に従業員が金銭的負担をすることはないのが通例という業界慣習を背景に、業界慣習とは異なる方式を事業戦略として選択した福山通運は、そのリスク・負担を従業員に負わせるべきではない(方向で考えるべき)と言っている訳で、労使関係において労働者保護の精神を重視する裁判所の考え方が、本判決にも表れています。
差戻し控訴審でいかなる判断がなされるか(報道もされて企業イメージダウンは避けられませんので、福山通運側が和解する可能性が高いと予想しますが)、要注目です。
弁護士 桑原